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更新日:2023年2月24日

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石垣は語る-石垣の特徴と構造-

石垣の変遷

本丸北壁石垣修復工事に伴う発掘調査の結果、現在見えている石垣の内部から古い時期の石垣を発見し、三時期にわたる石垣の変遷がわかりました。古いほうから、I・II・III期石垣としています。

石垣の用語

  • 築石(つきいし):石垣として積まれている石材
  • 栗石(ぐりいし):築石の背後にある程度の幅で配置された玉石
  • 野面石(のづらいし):自然石
  • 割石(わりいし):自然石を割って加工した石
  • 切石(きりいし):石材正面の縁を直線に加工した石

I期石垣

I期石垣の特徴

I期石垣は本丸北壁石垣の北東部と西部で、盛土に埋められた状況で見つかりました。築石は野面石を使用しており、正面から見て横長に置き、石材と石材の間には詰石が詰められています。北東部の石垣の勾配は約48度です。この石垣は仙台城築城期のものと考えられ、元和2年(1616)の地震により被災したと考えられます。
I期石垣(西部)<I期石垣(西部)>

I期石垣(北東部)<I期石垣(北東部)>

I期石垣の構造

本丸の北東部で見つかったI期石垣は、石積み作業に先んじて斜面を切土しており、小段が1段見つかっています。小段の上には築石は残っていませんが、栗石が残されていることから「段石垣」であったと考えられます。また、石垣角部では、根石を据える工事跡や、石垣に浸透した雨水を外部に排水するためとみられる溝跡等も発見しています。
I期石垣(北東部)の段切り<I期石垣(北東部)の段切り>

II期石垣

II期石垣の特徴

II期石垣は北壁石垣の東部でIII期石垣の背後から見つかりました。築石は割石が使用され、I期石垣に比べると、大型で奥行きが長くなるように据えられており、表面にノミ加工を施すものも見られます。築石同士のすき間には詰石が詰められています。石垣の勾配は約60度です。この石垣は寛文8年(1668)の地震により被災したと考えられます。
III期石垣の背後から発見されたII期石垣<III期石垣の背後から発見されたII期石垣>

II期石垣の構造

III期石垣の背後からは、盛土と栗石が見つかっています。盛土は、強度なものにするため、石材の積み上げ作業と平行しながら水平に行っていたものと考えられます。また、盛土の中に浸透した雨水を石垣の裏込石へと自然に排水させていたようです。また、一部では、角礫を敷きつめて排水の工夫をした暗渠と考えられる遺構が見つかっています。
II期石垣の構造模式図<II期石垣の構造模式図>

II期石垣に伴う暗渠(あんきょ)<II期石垣に伴う暗渠(あんきょ)>

III期石垣

III期石垣の特徴

III期石垣は、現在見られる石垣です。築石は正面形が四角い切石を使用し、石の高さを水平にそろえて(横目地を通して)積まれています。築石は、正面の大きさに比べて奥行きが2倍程度の長さで端に向かって細く加工しています。石垣の勾配は約70度で、美しい反りがあります。高さは最高17mあります。築石の間には、加工の際に生じた多量の木端石を詰め込んでいます。この石垣は、寛文8年(1668)の地震により被災したII期石垣を修復したものと考えられます。
切石を使用し、横目地の通る石積み 築石の周囲に木端石を充填しているようす
<左:切石を使用し、横目地の通る石積み><右:築石の周囲に木端石を充填しているようす>

III期石垣の構造

築石の背後の栗石が幅広く配されています。栗石は石材を安定させる役目と、水はけを良くする役目があると考えられます。栗石の背後と盛土の境界には階段状に石列が設けられています(「階段状石列」)。これは、石垣背後の土圧を受け止め安定化を図る土木的な工夫と考えられます。栗石の背後にある盛土の所々には玉石を層状に敷き詰めており、排水のための暗渠(あんきょ:地下の排水施設)と考えられます。
栗石層と盛土層の境界に設置された「階段状石列」<栗石層と盛土層の境界に設置された「階段状石列」>

盛土中の暗渠(あんきょ)排水<盛土中の暗渠(あんきょ)排水>

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